さまざまなベテラン専門職がわかりやすく執筆! 看取りは、心と心が響き合う、いのちの時間です。
超高齢社会は多死社会でもあります。現在、病院で亡くなる方は全体の8割ですが、病院の目的は、あくまでも「救命」と「治療」です。そのために、病院はますます高機能化・専門化し、さまざまな機械、検査、技術を駆使します。 ですから、その人らしい、最期のときを満足して迎えるためには、病院よりも在宅や施設のほうがふさわしいといえます。現在、在宅や施設でも、高度な医療・介護を提供できるようになりました。介護職にとっても、看取りを経験することで、介護の心と技術をワンステップ高めることができます。看取りはたいへんなことです。でも、人生の時間を一段深める、実り多いときでもあります。 (苛原 実)
「看取りとは何か」「今、なぜ看取りなのか」その基本的な考え方から、介護・看護の現状、また種々の看取りに関係する社会制度について解説する。 介護職だけではなく、家族が知っておくことで、看取りはスムースになり、看取られるご本人にとっても生活が豊かになる。 看取る人、看取られる人の心を養い、愛情をはぐくむような看取りを実践していただきたい。
看取りの具体的な方法を、介護、看護、医療に分けて解説する。看護職、介護職には当然なことであっても、家族にとっては戸惑うことばかりである。 看取りの「プロ」はいない。看取られる人と心を通わせながら、そのときそのときでもっともよい方法を探る必要がある。ここには介護職、家族が知っておくべき最低限必要な技術が説明されている。
看取りにはケア技術も重要だが、それ以上に、最期をどのようにやすらかな心で迎えてもらうかに意義がある。 どのように看取られる人と心を通わせることができるのか、そして、お互いに「満足できる別れ」のときをもてるのか。 看取りは決して暗いだけのものではない。そこには愛情の流れがある。「豊かな別れ」のときを味わうこともまた人生である。
死は、残された家族にとっても無限の喪失である。 死を、家族や周囲の人がどのように受け止めるのか、その方法についてこの章では考えたい。 死を「タブー視」する現代の日本社会では、葬式やグリーフケア(遺族への心のケア)はあまり話題にならない。しかし、誰しも、忘れてはならないテーマである。
家族、介護職、医師の3人が経験した看取りのケースを紹介する。 看取りには、あとでさまざまな後悔があったり、「看取り切った」という「満足」が交錯したりする。 そしてどの看取りも心に響く。豊かな死を看取るということは、豊かな生を生きることである。そのような看取りこそ、死にゆく人の心に大きく慰めをもたらすものであろう。